ベアリングと高速回転
ベアリングは回転するものの軸を支えるための部品であり、ベアリング自身も高速で回転しています。回転時には摩擦が起こり、その摩擦により熱を生じるため、ベアリングの回転速度を上げていくには、こうした摩擦や熱への対策が必要不可欠です。
ここでは、高速回転するベアリングの需要や、高速回転への工夫について紹介します。
高速回転するベアリングの需要
ベアリングの高速回転が求められる背景は、さまざまです。一つ目は、主に「家電製品における小型化」です。たとえば、ベアリングが使われている掃除機やドライヤーなどでは快適性を高めるため、小型・軽量化が進められています。小型・軽量化と、従来通りのパワーを両立するためにモーターの高速回転が必要となり、モーターの軸受として使われるベアリングも同様に高速回転が求められます。家電では毎分約10万回転もの高速回転が必要とされており、今後も小型・軽量化が進むことで、高速回転の需要の高まりが予測されます。また、高速回転させることでモーターが高効率となり、省エネにつながるといったメリットもあります。
二つ目は「医療機器における治療効率の向上」です。たとえば、歯科治療で使われるデンタルハンドピースの場合、ドリルを高速回転(毎分約40万回転)させることで、微細な箇所の虫歯治療がしやすくなり、さらに治療時間の短縮にも寄与します。患者の口に入れるデンタルハンドピースは、万が一も許されない確実な安全性が求められるため、ベアリングもこうした高度な要求に対応する必要があります。
三つ目は「PCやサーバーのハイスペック化」です。近年市場が拡大するサーバー向けのファンモーターにおいて、データ容量の増加や処理性能向上による発熱量の増加などにより、要求される回転数も毎分3万回転から4万回転近くへと年々上昇しています。
こうしたさまざまな市場背景を要因に、高速回転するベアリングへの需要は年々高まっています。
高速回転におけるベアリングの課題
ベアリングは回転数の上昇にあわせて回転トルクも上昇するため、ベアリング自体に大きな負荷がかかります。そのため、ベアリングには安定的な運動を継続するための限界速度が決められており、これを「ベアリングの許容回転速度」といいます。限度を超えた速度で回転させると摩擦による熱が生じ、回転性能に支障をきたします。回転性能を保ちながら、回転速度を上げるためには、摩擦や熱などへのさまざまな工夫が必要となります。
許容回転数を超えた高速回転を実現するためには、具体的にどういった課題をクリアしていく必要があるのかを詳しく確認していきます。
摩擦熱によるグリース揮発
ベアリングが高速回転すると、潤滑剤(グリース)が内輪・外輪と転動体との間に適切な油膜を形成できなくなります。その結果、摩擦熱の発生によりグリースの油分が揮発し、最終的には回転不能に至ります。
遠心力による保持器(リテーナ)の破断
保持器は内輪・外輪や転動体に比べて材質の硬さが劣るため、特に高速回転による負荷を受けやすい部品です。回転時の遠心力を受けることで保持器は形状を維持できなくなり、最終的に破断します。保持器が破断することで、中の転動体が不安定になり、その結果、ベアリングが回転不能に陥ります。
軸振れ(がた)
- A:センターずれ
- B:傾き
そもそもの軸の組立精度に問題があった場合、高速回転時に軸の先端が振れて振動が発生します。これを「軸振れ」といいます。使用感が悪化するとともに、騒音の発生や製品の早期破損につながります。
ベアリングの高速回転への対策
高速回転のニーズに応えるため、摩擦や熱などさまざまな問題をクリアしながら、従来の性能を維持できる「高速回転に特化したベアリング」の開発が進められています。
グリースの工夫
グリースは基油・増ちょう剤・添加剤で構成されており、これらの組み合せにより特性が決まります。なかでも、基油に分散させて半固体状(グリース状)にするために加えられる「増ちょう剤」は、グリースの性質や性能を決定するうえで重要な物質です。増ちょう剤は金属石けんを用いた石けん(リチウムなど)系と金属石けんを用いない非石けん(ウレアなど)系に大別され、「ウレア」を増ちょう剤とする「ウレアグリース」は特に耐熱性に優れています。耐熱性が高く、高速回転に対応したグリースを使用することで、基油の揮発を防ぎ、ベアリングの焼付きを防げます。
ミネベアミツミでは、自社開発のウレアグリースを使用し、最適な量・位置で封入することで、熱と高速回転に対応したベアリングを実現しています。
グリースの種類 | 増ちょう材 | 基油主成分 | 当社 コード |
特性 | 使用温度範囲* |
---|---|---|---|---|---|
リチウム石鹸 グリース |
Li石けん | エステルなど | LY121 | 汎用 | -50℃~+150℃ |
LY72 | 低トルク | -50℃~+130℃ | |||
ウレアグリース | ウレア | 合成炭化水素 | LY551 | 耐熱性、高速性 | -40℃~+200℃ |
エステル | LY706 | 耐熱性 | -40℃~+180℃ | ||
フッ素グリース | PTFE | フッ素 | LY500 | 耐熱性 | -50℃~+260℃ |
LY586 | 耐熱性 | -65℃~+220℃ | |||
LY699 | 耐熱性、低トルク | -50℃~+220℃ | |||
フッ素 +エステル |
LY655 | 耐熱性 | -40℃~+200℃ | ||
導電性グリース | カーボン系 | 合成炭化水素 | LY764 | 導電性 | -40℃~+120℃ |
フッ素 | LY768 | 導電性、耐熱性 | -30℃~+260℃ | ||
オイル | ー | エステル | LO1 | 低トルク | -57℃~+177℃ |
合成炭化水素 | LY650 | 耐樹脂性 | -40℃~+130℃ |
使用温度範囲は、潤滑剤メーカーのカタログ値で、 軸受の使用可能温度範囲ではありません。
(メーカーにより設定方法も異なりますので参考程度としてください。)
保持器(リテーナ)の工夫
一般的に、リテーナは金属製と樹脂製に分類されます。金属製であるリボンリテーナやクラウンリテーナは耐熱性に優れているものの高速性の面で劣り、一方の樹脂リテーナは軽量で高速性に優れているものの耐熱性が低いため、従来のリテーナでは高速性・耐熱性の両立が困難でした。そこで近年、耐熱性に優れた樹脂素材など、高速性・耐熱性を両立したリテーナの開発が進められています。
ミネベアミツミでは、専用設計・専用材質の耐熱樹脂リテーナを開発しています。掃除機で多用されるR-1350(JIS: 695サイズ)ベアリングを用いた実験では、標準樹脂リテーナの場合は「約7万回転」を超えたあたりで不具合が発生しましたが、耐熱樹脂リテーナを使用すると「約12万回転」までの高速回転に耐えることができました。
リテーナ
リテーナ
リボン リテーナ (波形保持器) |
クラウン リテーナ (冠形保持器) |
標準樹脂 リテーナ |
耐熱樹脂 リテーナ |
|
---|---|---|---|---|
材質 | 鋼材 | 鋼材 | 樹脂 | 耐熱樹脂 |
騒音 | ○ | ○ | ◎ | ○ |
寿命 | ○ | ○ | ◎ | ◎ |
トルク | ○ | ○ | ◎ | ○ |
高速性 | ○ | △ | ◎ | ◎◎ |
耐熱性 | ◎◎ | ◎◎ | ○ | ◎ |
優劣表示:優◎◎>◎>○>△劣
組立による工夫
高速回転するベアリングにおいては、適切な予圧の設定が非常に重要な要素となります。予圧量が大きすぎると剛性は上がりますが騒音の増大や早期寿命の原因にもなり、反対に予圧量が小さすぎると振動の発生が抑えられず剛性も不十分でフレッチングなどの発生原因となります。ただ、適切な予圧の設定には、予圧調整など複雑な組付け調整作業が必要なため、時間や手間がかかるのはもちろん、安定した予圧量の管理も困難でした。
ミネベアミツミでは、これまで培ったベアリングのノウハウを結集し、あらかじめベアリング・軸・ハウジングを高精度で組立し、適切な予圧をかけた状態で納品する「プレシジョン・メカニカル・アッセンブリー(PMA:Precision Mechanical Assembly)」を提供しています。これにより高速回転による軸の振れやガタを低減し、高精度・高品質化を実現します。
高速回転対応ベアリングの活用事例
高速回転ベアリングがどのような用途で活用されているのか、製品の活用事例について解説します。
掃除機
掃除機の吸引を行うモーターに高速回転対応のベアリングが使われています。
【課題】
従来の大きく重い吸引モーターを搭載した掃除機は、片手で軽々と操作しづらいという問題がありました。反対にコンパクトで軽い吸引モーターでは十分な吸引力を発揮することができませんでした。ユーザーの満足度を高めるためには、掃除機の軽量化と十分な吸引力の両立が課題となっていました。
【対策】
吸引モーターを小型化しつつ、吸引力の低下を抑えるため、ベアリングを小径化し、さらに耐熱樹脂リテーナの採用、専用グリースの適切な封入によりモーターの高速回転に対応。小型・軽量のスティック式掃除機の製品化を実現しました。
サーバー
高回転数の要求が年々高まる「サーバー冷却用ファンモーター」にも高速回転対応のベアリングが使われています。
【課題】
サーバーなどの情報通信機器において、能力の高速化・大容量化・高性能化への要求から、高密度実装化のニーズが高まっています。高密度実装で課題となるのが、発熱量の増加です。半導体や電子機器を熱から守るため、高風量・高静圧・低消費電力の冷却能力を備えた冷却用ファンモーターが必要でした。
【対策】
高速回転化による油切れ防止のために開発された専用グリースを採用。グリースの封入量、封入位置が適切に管理されたカートリッジベアリングとして導入することで、ベアリングの摩擦を低減し、高速回転に対応しました。これにより、発熱量が多いサーバーでも問題なく排熱ができるようになり、さらにクリープ*も削減でき、従来よりも消費電力を抑えた製品づくりにつながっています。
クリープ…はめあい時のしめしろ不足により、回転中にシャフト・ハウジングとベアリングの内輪・外輪が滑る現象。滑りが発生することにより摩耗が発生し、ベアリングのノイズや振動の増大、回転精度の悪化につながります。
ドライヤー
ドライヤーの風を送るモーターに、高速回転対応のベアリングが使われています。
【課題】
近年、ドライヤーは髪を早く乾かすだけでなく、ケア機能の搭載など髪へのダメージをできるだけ抑えた「髪に優しいドライヤー」が主流となっています。そうした中、大きな課題となっているのが、ドライヤーによる髪への熱ダメージです。少しでも髪へのダメージを軽減できるよう、熱に頼らず髪を乾かすための「十分な風量」の実現が必要でした。
【対策】
モーターに耐熱樹脂リテーナを使ったベアリングを採用。ベアリングの高速回転が可能となったことでモーターの回転性能が向上し、風量を増した「大風量のドライヤー」の製品化が可能となりました。また、回転効率が良くなることで消費電力を抑えた製品開発を実現しています。
製品紹介動画
まとめ
高速回転に対応するためには、グリースの選定やリテーナの素材、組立精度の向上が重要であることを紹介しました。今後、モーターをはじめ、機械や製品の小型・軽量化がさらに進むことが予想され、そのためにベアリングの高速回転は必要不可欠なものとなってくるでしょう。小型・軽量化を実現しながら、従来通りもしくは従来以上の性能を発揮できるよう、高速回転ベアリングの開発に期待が寄せられています。
ミネベアミツミでは多様なベアリングをご用意しており、課題やニーズに合わせたベアリングのご提案が可能です。まずは、お気軽にお問い合わせください。